未来バンク事業組合 理事長 田中 優
以前講演会場で聞かれたことがある。「そろそろ次の世代に引き継がなければならない時期に入ると思いますが、後継者の育成はどうしてますか」と。
そのときぼくが答えたのは以下のようなものだ。
「自分が誰にも育てられた覚えがないように、次の世代の人も育てるということはできないのではないかと思います。育てるのではなく、勝手に育つものなのではないかと」
簡単な言葉で言うと、ぼくは生意気に育ってきたのだ。誰かに育てられたこともなければ、自分から何らかのエスカレーターに乗ったこともない。若いころにつまらない組織の幹部候補に持ち上げられたこともあった。もちろん断った。自分で決めればいいときに、誰かの頭を借りる必要はない。そう思っていたし、今でもそう思う。
しかし未来バンクの監査役と話していた時に、「そろそろ団体をどうしていくのか考えてもらいたい、年齢が団体のリスクになってきています」と言われた。確かに私自身が還暦を超え、団体は次の世代に譲れるように体制はなっていなかった。こちらは譲りたいと思っているのだが、無償の労働で運営し、名誉も何もない活動を引き継ぎたい人がいなかったのだ。
未来バンクを立ち上げたのは1994年だったから、いつの間にか24年も経っている。
立ち上げたときは30代だったが、もう還暦になる。人生の中で、活動できる期間というのは実に短い。他のNPOバンクに併合してしまうのもいいが、我々の活動があまりにも禁欲的であったために、変質は免れない。
もちろん努力はした。未来バンクの中で「作戦会議」を作り、いろいろ新たなリクルートの試みもしてみた。そこに集ってくれる人たちは素晴らしかったが、私たちと年齢が近ければ、すぐに次の世代交代の時期がきてしまう。
必要な資質があるとすれば、何よりフェアな人であることだ。おカネを扱う以上、絶対に自分を優位においてはいけない。自分のことは貧しいままにしたとしても、他の困っている人を優先できないといけない。
もう一つはリスクに対する敏感さだ。してみたいことがあったとしても、リスクを考えて判断していかないといけない。実際、未来バンクの中でぼく自身はアクセルだった。先に進むために新たなことをしてみたくなるタイプだ。しかし事務局長の木村さんは慎重に考えるタイプで、ブレーキ役を果たしていた。木村さんの考えることは常に冷静・正当だった。それを熟慮していく中から、新たな仕組みを作り上げて実現した。そのときに人の意見に耳を貸さないタイプだっらできなかったことだろうし、問題を別な形で解決できるスキームを考えつかなかったら実現できなかったことだろう。
例えば「特定担保提供融資」というものがある。あるとき、ドキュメンタリーの映画作りの融資申し込みがあった。素晴らしい映画を作ってきた監督であり、映画に対する信頼性はあったのだが、リスクが高すぎる。たくさんの人に観てもらえなければ資金の回収はできないのだ。映画監督と聞けばなんだか立派な職業のように聞こえる。しかし自分でスポンサーを見つけなければできず、不安定なものなのだ。
そこで未来バンクの組合員に、自分の持つ「出資金」の一部を担保として提供してもらい、その分だけ融資する仕組みを作った。もちろん出資金を提供してくれる人たちの出資金は返済されなければ担保として返済金に充てられてしまう。そのあとは未来バンクが代理人となって返済を求め、返されれば取り上げられた出資金に充当されていくという仕組みだ。
この場合、リスクは未来バンクが背負っているのではなく、「担保提供してくれている組合員」が負っている。その分だけ未来バンクはリスクが減るのだから金利はその分だけ少なくていい。だから当時通常3%だった融資金利を1%に下げた。残りのリスクは担保提供してくれた組合員が支えてくれたのだ。
最終的に融資は実行でき、「教えられなかった戦争シリーズ」の第三回が完成した。高岩さんのその作品はキネマ旬報特別賞を受賞してくれた。そのおかげもあって完済された。
もしこうしてリスクをみなで分担していくなら、融資はもっと身近なものにできるかもしれない。市民が自分たちでリスクを分担していけるなら、もっと少ない金利でさまざまなことを実現できるかもしれない。それがさらなる未来バンクの未来にしたいと思うのだが、残念ながら私たちの世代は終わってしまった。
そうこうしている中、予想外な形で後継者が現れた。同じ仕組みで立ち上げていた「天然住宅バンク」のメンバーたちが、未来バンクを引き継ごうと言い出してくれたのだ。
天然住宅バンクは、非営利の一般社団法人「天然住宅」の取得を助けていくために立ち上げた仕組みだ。住宅取得の際の「つなぎ資金」の融資や、住宅のための木材を供給する「くりこま木材」への融資、太陽光発電による電力自給システムやペレットストーブ設置への融資などを行ってきた。代表は私が担っていて、理事メンバーには未来バンクの理事たちも参加している。 それ以外の若いメンバー中心に、新たなバンクを作ろうと考えたのだ。
これまでは住宅に特化した融資を行ってきたが、これからは未来バンクの融資スタイルを取り入れながらさらなる融資を実現したいという。名前は「未来バンク事業組合」を引き継ぎ、新たな仕組みを実験していきたいという。
主要メンバーには現在の天然住宅バンクを担っている井上あいみさんと田中竜二くん、それと天然住宅を建ててオフグリッド生活を始めた佐藤隆哉さんが担う。いずれのメンバーも30代の中盤だ。さらに弁護士の田中翔吾くん、映画製作と福祉ワーカーを掛け持ちする田中悠輝くんも参加する予定だ。
ここに未来バンクを合併させて、名前は彼らの希望で「未来バンク」を名乗りたい意向だ。ここに出てくる田中竜二くん、田中翔吾くん、田中悠輝くんはぼくの三人の息子たちでもある。彼らは自分の意志で引き受けたいという。
私たち未来バンクのメンバーはアドバイザー的に関わり、少しずつ抜けていっても大丈夫なように体制を整えるように手伝いたいと思っている。
未来バンクの未来のために、次の世代に事業を引き継ぎたいと思うので、協力をお願いしたい。
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以上、2018年3月発行
※「未来バンク事業組合ニュースレター No.94/2018年3月」より抜粋
※PDF版はこちら
http://www.geocities.jp/mirai_bank/news_letter/MB_NL_94.pdf
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