□◆ 田中 優 より ◇■
『自分で伐採する林業、「自伐林業」の可能性』
■ 他人任せにしない森作りが林業を救う?
年収700万円を稼ぎながら、持続可能な林業をしている人がいると聞いて、徳島まで出かけた。
レンタカーで近づくにつれ『あれっ?』『ここは?』という感じになったのは、ぼくが10年前に何度か訪れた木頭村の近くだったせいだ。かつて木頭村に出かけたのはダム問題だった。木頭村はダムに反対していたために道路の拡張すらされず、国の圧制にさらされていた。木頭村はそこで、「ダム禁止条例」まで制定して闘っていたのだ。
しかし今はダム計画も消えると同時に、木頭村そのものも町村合併されていた。
今は那賀軍那賀町と、まさに訪ねていった林業者の橋本さんと同じ町になっていた。
以前に行ったとき、ついでに林業用のモノレールに乗せてもらった。かなりスリリングな乗り物で、高所恐怖症の友人はずっと目を閉じたまま乗っていた。それで四国山地で最も標高の高い伐採地に案内してもらった。モノレールはものすごい角度のレールを上り下りしながら木々の間を縫っていく。スターウォーズみたいだ。ここで車輪が外れたら命はないなと思いながらも楽しめる。友人はずっと石のようになって乗っている。
そう、この地の山は急傾斜なのだ。『こんな山で林業して黒字?』というのが最初の感想だった。
そこにあったのは極めて細い林道だ。幅員2.3メートルの狭い道を2tトラックで上がるという。両側に木が生えていて、2tトラックでも厳しいと思って聞いてみると、バックミラーをたたんで走るそうだ。
それがほとんど直角に見える傾斜に這うように貼りついている。カーブや絶壁では、間伐材を井桁に組んで土台を作り、山側を削った土砂をていねいにてん圧して作っている。
山側を削るときも基本は1.4メートル以下しか削らない。それ以上だと山が崩れるからだという。 道は谷側に傾斜がつけられていて、水はコーナーから谷に向かって落ちていく。車で走っていたら谷側に傾くことになる。「怖くないか」と聞くと、「ゆっくり走るから怖くはない」という。この道作りに大きな意味があるのだ。
山の育林で、最大コストがかかるのが「下草刈り」だ。もし今、主流になっている「皆伐(かいばつ)=すべての木を切ってしまうこと」をしてしまったとすると、伐採された斜面には日が当たり、あっという間に草やツルに覆われてしまう。
その後、苗木を植えても日の当たる斜面はシカたちの草刈場となり、苗木も当然シカに食べられてしまう。しかも苗より下草のほうが成長が早いので、10年近くも下草刈りが必要になる。しかもシカの食害に遭うのだ。
つまり「下草刈りコスト」は「皆伐林業」とセットのものなのだ。そこで橋本さんは皆伐を止めた。
皆伐しないことになると、伐採する木は森の中から「これ」という木を選んで「択伐(たくばつ)=選んで伐採すること」することになる。つまり森の中から一本ずつ選択し、それをトラックで出しては木材市場に売りにいくのだ。
択伐だから、伐採した跡地には小さな空間ができる。するとそこに待ち構えていた苗木が育ち始める。森の中には偶然光が射さないかと苗木が待ち構えている。
もしくはそこにスギ・ヒノキの苗を密植する。光を求めて育つ木は、どの種類の木でも早く光を浴びたくて真っ直ぐに伸びる。広場なら広がって育つだろうが、真上の小さな窓のような光を求めると、桜でも栗でも真っ直ぐ通直に伸びるのだ。曲がるのが当たり前の広葉樹が、通直の良い木材になる。そうやって森は択伐した小さな点のような空間で更新していく。
しかもなるべく木は自然に更新させて、元あった広葉樹と針葉樹の混合林にしようとしている。スギとヒノキだけが高い値がつくのも今だけのことだ。それなら森は多種多様であったほうがリスクを分散できる。
山奥の、橋本さん自身が「一番のお気に入りだ」という森は、まさに幽玄の世界だった。コケのついたモミの木が高く伸び、競うようにスギやマツが伸びる。択抜されて間の開いた森には次の世代の中木が育ち、下草はわずかだ。
モミの木は売れるのか聞いてみた。今はほとんど値がつかないという。白木でいい色なので焼き物の箱に使われるほか、棺おけにも使われていたという。しかし棺おけも今ではベニヤ板に布を貼って作るので、モミの需要は少ないという。 でもベニヤ板では焼かれるときに有害ガスが発生する。
『そんな焼かれ方をしたら死ぬじゃないか』って、すでに死んでいるんだが。「マイコフィン(マイ棺おけ)」を予約したらどうかと思うんだけどどうだろう。
■ 自然な林業
今、森林組合に森の管理を頼んだとすれば、山はほとんど収入にならない。
森林組合は政府の補助金で成り立っているので、補助金の誘導によって大規模な機械が入れられ、そのコストに見合うように大規模な伐採(皆伐)をせざるを得なくなる。それらの機械のローン負担は重く、山主に払えるだけの利益を生み出すことができないのだ。
さらに大量の木材を販売しようとするから値崩れしやすい。古本を売るときみたいに、必要な木材を一本売りしたほうがずっと利益が大きくなるからだ。しかし今の林業者の考え方では、「利益が少ないならもっと大量生産しよう」という方向に流れやすい。その結果、労働は厳しくなるのに、逆に利益は減っていってしまうのだ。
橋本さんの山では親子二代が働いている。二世代合計で年収は1400万円、しかも労働日数は週4日だという。
もちろん今の荒れた山ですぐに実現できるわけではない。ここでは30年かけて森を変えてきた。その最大の功績が最初に触れた「道作り」だ。細い代わりにこれほど急峻な山であるのに崩壊がない。幸いというべきか、台風直後の、時折豪雨の降る中を歩いた。それでも道は崩れず、水は道の表面を滑るように谷側に落ちていく。
轍が少ないのはていねいにトラックを走らせているからだろう。それが証拠に一緒に案内して歩いている間も、ごく自然に枝葉を足で除けていく。枝葉が水の流れを妨げてしまうからだ。道は運搬の中心を担う「幹線」に、そこから葉脈のように伸びる「支線」に分かれ、支線は可能な限りたくさん入れていく。だから木材を運び出すときにも引きずらずに済み、土地を荒らすことが少ないのだ。
道と並んで必要なのが「機械」だ。しかし今推奨されるような大型機械ではない。3.5tのユンボと2tの四輪駆動トラック、それと小さなチェーンソーとフォワーダーだ。全部で500万円もかからない。それらは自前の機械だから大切に使われる。
壊さないように、無理な操作もしないようにする。道を走るときも急がずに踏みしめるように走らせる。自伐林業のメリットは、自然の流れや摂理に逆らわず、すべてを大切に扱っている点にあると思う。
■森作りを継承できるか
案内してくれた橋本さんは、「根気・やる気・忍耐」が最も大事だと説いた。
「置かれた立場に合わせて時代の意見や流行に迷わされないことだ」と。橋本さんが一途に独自の林業を進めている間にも、たくさんの林業施行の流行があり、それらは結局廃れていった。今は橋本さんの息子さんが山仕事を継いでくれている。
しかし山が育つには百年~二百年かかる。つまり次の世代の後継者に伝えられなければ、山が完成することはないのだ。
松枯れ対策であっても農薬は絶対に撒かない。おかげでこの山にはたくさんの生き物がいる。最も農薬の影響を受けやすいサワガニも、沢だけでなく山じゅうに見かける。枯葉の積もったミミズの集まる場所には、イノシシがひっくり返して食べた跡がある。シカは迷惑なことに人を見ても逃げなくなった。しかし山が整うなら、生き物たちもそれに合わせて減っていくだろう。
その直後、私たちが手入れしている宮城県の「エコラの森」の手入れに出かけた。ここでは盗伐されてしまった空き地に牛を入れ、下草を食べてもらっている。
牛たちが雑草を食べてくれたおかげで、残っていたスギの苗木は急激に伸びた。もう下草刈りをしなくても光を得て育つほどになった。しかしエコラの森が安定するには、まだ数十年かかるだろう。まだまだ植林すらできていない荒地もあるからだ。やれるだけのことはやっておきたいと思う。
でも願わくば、誰かがぼくらの後姿を見ていてくれるといい。この仕事を継承させたいと思うのだ。
そのとき、この収入も多く、豊かになれる施業の方法は未来を提示する。これまでどおりの機械化林業がいいのではない。
むしろ逆に手作業に近い施業に戻っていくことが、未来の林業の形を指し示しているのだ。
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田中優が共同代表を務めます非営利の住宅会社「天然住宅」のHPでの連載コラム"田中優の「住まいと森のコラム"では、今回ご紹介した林業についてもアップしてきました。
⇒田中優の「住まいと森のコラム http://tennen.org/yu_column
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