□◆ 田中 優 より ◇■□■□◆◇◆◇■□■□
「美味しんぼ」雁屋さんの心根
「美味しんぼ」の取材のお手伝いで、日本中のあちこちを回った。
ハードな旅で、夜遅く着いて食べて翌朝早く出かける。「美味しんぼ」
だというのに、時間も場所もなくて「ガスト」にまで入った。この店
だけはぼくのほうが詳しい。…悲しい話だ。
それはともかく、原作者の雁屋哲さんとお会いできたのはとてもう
れしい出来事だった。海原雄山と山岡を足して二で割ったような人だ。
とにかく若い。感性がすごく若くて、探究心がとても強くて、誰にで
も誠実なのだ。日程的にハードな取材なのに、ひとりひとり出会う人
と話す。どんなにきつくてもきちんと耳を傾ける。しかも自分なりの
矜持を強く持っていて、どんな権威だろうが権力だろうが臆すことな
く怒るのだ。
「いやぁ、ぼくも雁屋さんみたいになりたいですね」
「どうして?」
「怒るから」
『いや、その返事はまずいだろう』と自分でも思うのだが、簡略化
するとそういうことなのだ。別に愛を語るつもりはないが、マザーテ
レサという人が「愛の反対は無関心だ」と言ったとか。その伝で言う
なら雁屋さんには愛情が溢れている。そして怒るのだ。
ぼくもこんなふうにありたいと思った。雁屋さんは67歳だと言って
いたから「老人」の域に入っているのかもしれないが、とてもそうは
思えない。あきらめていないから怒るのだ。
その雁屋さんと話していると、なんだか自分が幼稚に老成している
ように思えてくる。雁屋さんは「愛国心」だなんて、ぼくには口が裂
けても言えそうにない言葉をしっかりと論ずる。自分なりの論理があ
って、それに相当する言葉なら平然と使う。ぼくなら「愛」「国」
「心」という、どれもあまり好きではない言葉の響きに臆してしまう
のに。
「好」「地域の特色」「魂」なら言えるだろうけど、つなげると
「好色魂」みたいで変な方向に行ってしまいそうだ。海外に出ると、
確かに自分の生まれ育った地域の文化のようなものを、とても好まし
く思ったり、誇らしく感じたりする。でも「愛国心」とは言いたくな
い。そんなこだわりが子どもじみて感じられる。
それも、雁屋さんのまっすぐな心根の技かもしれない。青森のとあ
る場所で、『お前たちのようなシロウトに何がわかる、オレは専門家
だぞ』と内心思っていて、敵意と尊大な態度を示す人に出会った。ぼ
くは『このくそったれ野郎』と内心で思いながら、表面は温和にやり
すごした。しかしその場面で雁屋さんは怒りだした。
「なんだ、その態度は。オレを怒らせたらどうなるか」
雁屋さんはわなわな震えるほど怒りながら、車に戻ってぼくに言っ
た。
「このぼくをこんなに怒らせるなんて、珍しいと思わないか?!」
「そうですね、食べ物のこと以外では」
このふざけたことを言う習性をなんとかできないものかと自分でも
思う。雁屋さん、ごめんなさい。
たしかに雁屋さんは間違っていることには即座に「それは違う」と
言うけれど、冗談も好きだし、もともと怒らない人だ。ハードな日程
の中で、雁屋さんが取材相手の前でうとうとしてしまったらどうしよ
うと心配していたが、杞憂だった。誰にでも思いやりのある誠実な態
度で取材してくれた。取材先を紹介したぼくとしても、ほっとすると
同時に彼らの思いを聞いてもらえて本当にうれしかった。
まっすぐに生きていて、威張りもせず見栄もなく、人にまっすぐ向
き合う雁屋さんと会えたことに感謝したい。
ぼくも雁屋さんのように生きたいと思った。
雁屋哲の美味しんぼ日記 「環境問題」
http://kariyatetsu.com/nikki/994.php
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