2020年4月16日

インデペンデントリビング

 ぼくの三男がドキュメンタリーフィルムを作った。タイトルは「Independent Living」という。同名の世界的運動をタイトルにしたようだ。日本では「Independent Living」という言葉はわかりにくいかもしれない。「独立した生活」と訳したのでは、何から誰が独立するのかわからない。子どもが親から独立するのか、はたまたアメリカの「独立宣言」を思い起こすかもしれない。  


世界的な運動である「Independent Living」は、「障害者の自立生活運動」だ。

それは以下の三つの自立生活をめざしている。

1.ライフスタイル選択の自己決定と自己管理の権限を障害者本人がもつこと
2.自立生活に必要な能力をもつこと
3.施設や病院ではなく、地域の中で通常に生活すること  



それは障害者の権利を確保する運動であると同時に、当事者である障害者自身が、「自立生活支援サービスを供給する主体である事業体」としての性格を併せ持つ「自立生活センター」を作っていく運動でもある。今や日本でも同じ運動が広がり続けている。  


「自立生活」とは、危険を冒す権利と決定したことに責任を負える人生の主体者であることを、周りの人たちが認めることに始まる。障害者は「哀れみ」の対象などではなく、福祉サービスの雇用者・消費者として援助を受けて生きていく権利を持ち、どんなに重度の障害があってもその人生の中で自己決定することを尊重されなければならない。


選択をするためには、選択した結果を学ぶことも必要だ。これまで障害者が閉じ込められていた「守られ保護されている存在」ではなく、失敗する権利を持つ主体なのだ。「危険を冒す権利」と「決定したことに責任を負える」人生の主体者であることを、周囲の人たちが認めていかなければならない。一人の人として自立し、周囲が福祉サービスの雇用者・消費者として援助を受けて生きていく権利を認めていくことだ。  


施設や親の庇護の元で暮らすという不自由な形ではなく、ごく当たり前のことが当たり前にでき、その人が望む場所で望むサービスを受け、普通の人生を暮らしていくために。  

その生活を自立して行う障害者は、ごく普通の存在だ。ただ周囲の人にとってはそれが期待を裏切るかも知れない。従来私たちがメディアなどで知らされてきた障害者とは違いがあるからだ。障害者というと、大きなハンデを抱えていても、健気に努力する存在として描かれがちだ。では障害者は健気で努力家でなければいけないのか。テレビで足に障害を持つ子が、富士山に登るというチャレンジをしていた。彼は登り切ったが、富士山に登れなければいけなかったのか。


なぜそれを人々がもてはやすのか。こうした身体障害者が物事に取り組み奮闘する姿が健常者に感動をもたらすコンテンツとして消費される。こうした見せ方を批判的に「感動ポルノ」と呼んでいる。彼は彼のままでいいはずなのに、そうした感動ポルノに影響されて、自ら期待される障害者を演じてしまうかもしれない。それは自然なことではないのだ。  

そのことを考えた時、ふとミスチルの桜井さんの歌詞が頭に浮かんだ。

「あるがままの心で生きられぬ弱さを 誰かのせいにして過ごしてる 
知らぬ間に築いてた自分らしさの檻の中で もがいてるなら 僕だってそうなんだ」  
と。


「自分らしさの檻」とは適切な言葉ではないか。「そう思われていたい」という檻の中にそれぞれがいてもがいている。その「檻」を乗り越えるのに必死になるより、外に出てしまえばいい。ところが私たちはその「自分らしさの檻」の中に居心地悪いのに安住しようとする。障碍を抱えていたら、周囲の期待する視線も加わってなおさらだ。  


そのせいか、このドキュメンタリーはとても面白かった。自立生活をしようとする人々は、自分を檻の中に閉じ込めようとする言葉に敏感だ。それは一見親切そうに聞こえるが、抜け出られなくなる罠が隠されているからだ。しかし彼らはそこから抜け出ていく。自立していくには自己決定しなければならないからだ。  


私は喫煙者だ。残念ながら身についてしまった。このドキュメンタリーの中で、ある障害者の方が、気持ちよさそうにタバコを吸っていた。これが何とも美味そうなのだ。監督である三男はタバコを吸わない。映画作りの傍ら、彼は障害者のヘルパーをしている。そこで「映画を撮ってくれないか」と頼まれたのだ。


彼は実に偏見のない人だ。彼の叔父にあたる人に障害があった。彼にとってはそれは特別なことではなく、ただ当たり前の風景だった。そして大学を卒業してから二年間はホームレス支援のNPOに働いていた。障害者を特別視する環境にいたことがないのだ。  そして彼は映画を撮った。幸いしたのはこんな運動に出会えたことだ。それは彼の思いと符合したのだろう。特別視もせず、偏見のない目に普通に暮らす被写体と巡り会えたことが、幸運にも彼に自然なフィルムを作らせた。  


その彼は中学生時代に一度、親が呼び出される事態があった。特別に悪いことをしたわけではない。せいぜい教師についた悪態が教師の耳に入ってしまったぐらいだ。その教師に対しても特別扱いしない態度が気に障ったようだ。呼び出しには私自身が出向いた。教師に反抗的な態度を取ったのは失礼だが、「特別扱いせよ」というのは偏見だと思う。教師に従順でなければならない理由はない。そして彼はテストの成績が高いにもかかわらず通知表の成績は低くなっていた。「それでは従順ではいられない」と私は言った。その面談の後、二度と呼び出されることはなかった。私が教師にあきれられたのだろう。しかし彼は何もおかしなことはしてないし、学業の成績も悪くない。そんな三男を責める気には到底ならない。むしろ私は常に彼の味方であろうとした。  


そんな彼だから作れたのかもしれない。ぼくが病院を退院して、不自由な足取りで駅構内を歩いていた時、彼はさりげなくサポートしてくれた。彼は実に親切な人になっていた。その彼らしいフィルムができたと思う。この映画をぜひ観てほしい。


 

 

物語の舞台は大阪にある自立生活センター。

ここは障害当事者が運営をし、日常的に手助けを必要とする人が、一人で暮らせるよう支援をしている。

先天的なものだけでなく、病気や事故などにより様々な障害を抱えながら、家族の元や施設ではなく、自立生活を希望する人たち。自由と引き換えに、リスクや責任を負うことになる自立生活は、彼らにとってまさに“命がけ”のチャレンジだ。家族との衝突、介助者とのコミュニケーションなど課題も多く、時に失敗することもある。

しかし、自ら決断し、行動することで彼らはささやかに、確実に変化をしていく   。


映像作家・鎌仲ひとみが初プロデュース、ドキュメンタリー初監督・田中悠輝がおくる
ぶんぶんフィルムズの新作ドキュメンタリー。
製作協力:全国自立生活センター協議会( http://www.j-il.jp )
自立生活夢宙センター( https://www.npo-muchu.com )、他
製作:ぶんぶんフィルムズ( http://kamanaka.com )
助成:文化庁・芸術文化振興基金
全国自立生活センター協議会
公益財団法人キリン福祉財団

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■公式HP https://bunbunfilms.com/filmil/
■Facebook https://www.facebook.com/Independent.Living.documentary/
■予告編動画 https://youtu.be/pTnmMiu1Jb4
■Twitter https://twitter.com/outofframe5


<<映画館に行けなくても、インターネットで見ることができます!>>

劇場への応援にもなります。

<映画『インディペンデントリビング』 オンライン上映>


■上映リンク: https://vimeo.com/ondemand/filmil

バリアフリー日本語字幕・音声ガイドに対応しています

■配信期間:3月14日(土)正午~5月6日(水)23時59分まで
(※4/2に配信期間を延長しました)

■料金:1,800円

※一つのアカウントでお一人様の視聴をお願いをしております。
※ご購入から72時間(3日間)、パソコンやスマホ、タブレット等、複数のデバイスで視聴することが可能です。
※レンタルのお手続きにはJCBのクレジットカードはご利用いただけません。それ以外のクレジットカードでお試しください。

 


★ご紹介いただきました 


★2020年4月12日 NHK おはよう日本でも取り上げられました
田中悠輝(Yuki Tanaka)さんTwitterより
@YukiTanaka_IL