□◆ 田中 優 より ◇■□■□◆◇◆◇■□■□
シュールリアリズム
友人の住んでいる町で、静かに東日本大震災の被災者受入れを行っていた。その被災者の中に、さらにひっそりと福島原発震災被災者が暮らしている。何ひとつ悪いことをしていないのに、突然自分の町に住めなくなった。これまで長年手入れしてきた農地は汚染され、二度と耕すこともない。懐かしい風景は無理やり思い出にされてしまった。親しい友人・知人たちとも離れ離れになり、気心の知れた仲間と話すこともない。
知らない土地に来て収入もなく、自動車も処分しなければならなかった。梅雨の合間の暑さに耐えかねて、歩いて市役所に行った。扇風機が欲しかったからだ。しかし市役所の用意した支援メニューの中に扇風機はなかった。だから再び長い距離を何も得られずに歩いて帰るしかなかった。子どもと向き合うだけの毎日はつらい。誰か大人と話したい。彼女は何ひとつ悪いことをしたわけではないのにそんな暮らしを強いられている。
一方、加害者である東京電力の清水社長は指揮能力すらないまま退職する。推定5億円の退職金を得る。退職金や企業年金の減額の可能性も、「老後の生活に直結する」からと否定した。枝野官房長官は「東電の置かれている社会的状況をあまり理解されていないと改めて感じた」そうだ。
電力会社の適正報酬の仕組みでは、この退職金もまた人件費の一部として、3%上乗せされて人々の電気料金から徴収される。清水社長は経済産業相に窮状を訴える要望書を提出することだけは忘れなかった。コスト上昇約7千億円、値上げ率は16%、さらに賠償額の一部負担でさらに4%の値上げする。電気事業法の規定に基づくと、「適正なコスト」と認めざるを得ないそうだ。私たち家庭の電気料金は20%も値上げされる予定だ。
扇風機ひとつ手に入れられない被害者と、5億円を老後の生活に蓄える加害者。加害企業の職員にはボーナスが出るのに、被害者はろくに賠償すら得られない。しかも被曝の不安に怯えながら。これが2011年6月の現実だ。