2008年5月27日

未来バンクのニュースレターより

「天然住宅バンク」の可能性
                    田中 優

輝かしい時代の終わり 

 かつて働くことは社会を良くし、生活を安定させることにつながっていた。人々は会社で一生懸命働き、その利益は社会全体に行き渡って人々の暮らしに役立った。これはとても輝かしい時代だった。今なお人々は、働くことが社会の改善につながると思って努力している。しかし現実はかなり違ってしまった。

 たとえば今、サブプライム問題で世界中が不況に陥っているが、そんな中、たった二つの産業だけが、史上最大の収益を上げている。「石油」と「軍需」だ。だからもし、人々が多くの配当を得たいと思って投資するのであれば、石油と軍需に資金を注ぐと得することになる。また、今でも年収の高い企業が就職先として人気があり、そこに就職できる人はエリートになる。ところが多くの給与を支払える企業は、やはり問題ある企業であることが多い。実際、何か役立つものを作っているメーカーより、ただカネを右から左に流す金融のほうが、収益率で比較すれば大きい。努力することが社会の改善につながらない時代に生きることは、私たちの不幸だ。その中で、努力することが社会の改善につながる別な仕組み作りを作るべきではないか。

天然住宅とは 
 
 「天然住宅」とは、昨年未来バンクの総会に講演に来てもらった相根昭典さんが建てている健康住宅を、さらに一般化したものだ。相根さんは言う。「自分としては健康で環境にいい住宅を20年間も作ってきて、建築の考え方も少しは変わったと思っていた。でも全体で見たら、全然変わっていなかった。あくまで一部のオタク的なマーケットを対象にしていただけだった。もっと多くの人たちが建てられるものにしなければ、山も守れないし技術も伝承されない」と。

 そこから生まれたのが「天然住宅」だ。ベニヤ板も集成材も一切使わない。無垢の木材を通常の住宅の倍以上使う。接着剤も化学物質も99.9%使わず、電磁波・地磁場、電界までをも処理する。住む人に安全なのだ。しかも造りは伝統構法で金物もほとんど使わず、壁も板倉造りを用い、圧倒的に地震に強い。耐震も防火認定も受けた住宅だ。基礎のコンクリートも水を抑え、理論値では500年の耐久性を確保し、建物そのものも300年の耐久性をめざしている。省エネ性能も高く、これまで住んだ人のほとんどが実際にエアコンなしで暮らしている。

 それ以上に惹かれるのは、相根さんの林産地に対する姿勢だ。林産地では、安い外国からの木材に押され、ほとんどまともな価格で売ることができていない。その結果山は荒れ、人々は暮らせずに、町に出るか出稼ぎを余儀なくされている。この山側に資金と技術を残せる仕組みが必要なのだ。それを相根さんは実現している。実際、通常林産地に届けられる資金より、桁違いに多い代金を林産地に届けている。先日訪ねた「くりこま木材」の大場さんは、「これで本当にやっていけるようになるんですか?」という私の質問に、「これ以外では林産地は生活できるようにはならない。天然住宅以外の方法では無理なんです」と答えていた。

 高く買う仕組みだが、まず山の林産地側で木材を「くんえん乾燥(炭を作るときのように、あらかじめ木材を煙でいぶして乾燥させる)」させ、カビが生えず、虫が食わず、濡れてもすぐ乾く木材加工をする。さらにその木材を、宮大工の手法で林産地で加工する。建築する場所では、あらかじめ削られた木材を組み込む形で建てていくので、わずか4ヶ月弱で完成する。だから林産地の側に多くの代金を支払うことができるのだ。

天然住宅バンクを 

 そしてさらに、天然住宅向けのバンクを設立することにした。当面は住宅全部のローンは無理なので、転居してくる人の家電製品や家財、ペレットストーブに対して融資する予定だ。しかしこの天然住宅に住めば、通常の住宅に住む場合と比較して、はるかに二酸化炭素排出量が減ることになる。その減る部分をカーボンオフセット(二酸化炭素排出分の帳消し)で、二酸化炭素排出分を買おうとする人に売れば、転入してきた人への融資金利に充当できる。その結果を試算してみると、金利をゼロにし、さらに減った電気代や灯油代分まで得させることができそうだ。

 たとえば、今年の未来バンク総会に招いている新潟の「さいかい産業」が製作したペレットストーブで計算してみよう。札幌では、一世帯当たり一冬の灯油消費量は、約1700リットルに達する。灯油の二酸化炭素係数2.51㎏/リットルで計算してみると、4267㎏の二酸化炭素を排出していることになる。ペレットストーブは木材残渣を利用するので自然エネルギーになる。ペレットを製作するエネルギー部分を除いたとしても、約4トンの二酸化炭素排出を避けることができる。この二酸化炭素を排出せずに済んだ部分をカーボンオフセットで販売したとすると、キロ3千円でも1万2千円になる。天然住宅バンクが50万円の融資をしてこのストーブを導入したとしても、金利負担の額以上をカーボンオフセットで稼ぐことになる。つまり金利をゼロにできる。さらに、さいかい産業のストーブでは熱効率が良いために、ペレット代のほうが灯油代より安くなる。半値ほどで済むようになる。金利ゼロに加えて、灯油代分だけ得する仕組みが作れそうなのだ。

カーボンオフセット

 私の年間200回に及ぶ講演旅行は、今後カーボンオフセット分を主催者に負担してもらおうと思う。しかし沖縄往復でも1.2トンだから、金額にして3600円ほどだ。それを負担してもらえば、排出してしまった二酸化炭素量を帳消しできる。この仕組みを、まずは天然住宅バンクの中だけで実現したい。こうしていずれは、良い住宅を建築する人の負担を下げていきたいのだ。 相根さんの建てた住宅は、健康的で光熱費がかからないため人気が高い。おそらく中古で売り出すことになっても価格は下がらないのではないかと思う。アトピーの人たちにとってみれば、なんとか住みたい住宅なのだから。もし住宅の価値が下がらないものになったとしたら、住宅が本物の資産になる。今の住宅は買った時点で価格が下がり、平均26年で壊されるのだから資産にならないが、天然住宅では全く逆だ。しかもアメリカの木材を使う場合と比較しても、国産材だからはるかに二酸化炭素排出量が少ない。ここにもカーボンオフセットが使える余地がある。 

 この頃、昨日までエリートだった人たちが突如仕事を辞めて自給自足の生活に入ったり、非営利事業に参加したりする例がよく見られる。カネで見るなら敗北者だろう。しかし彼らはそう思っていないし、抵抗していた周囲もしばらく経つと理解を示す。間違っているのは社会の仕組みの側だからだ。

 社会の仕組みを変えよう。カネを稼いだ多寡ではなく、周囲の人たちに価値あるものを届けることのできた人を評価できるようにしよう。皮肉だが、地球温暖化が深刻化する中で、上に見たような仕組みも成り立つようになった。さらにそれを金融の仕組みにビルトインすることで、新しい社会の仕組みが作れるのではないだろうか。そしてもう一度、努力することが社会のためになる仕組みにしたいと思うのだ。私たちの努力がムダになる社会ではなく、流した汗が報われる社会に生きたいのだ。 この住宅を広げるために、カーボンオフセットの仕組みを作るために、ぜひ多くの人に参画してもらいたい。それが未来バンク設立15年目の、新たな目標になるといい。


天然住宅http://www.tennen.org/

さいかい産業ペレットストーブhttp://saikai.pagans.jp/