2020年8月25日

「夏の慰霊 」 

  八月、日本で言えば毎年の原爆被害者や戦没者の慰霊と終戦を考えるときだ。

 同じ八月、かつて中国では別な出来事があった。「75・8 大洪水」と呼ばれる世界最悪のダム決壊事故だ。死者数はおそらく24万人程度と思われるが不明だ。当時の中国は「大躍進政策」が打ち出されていて、国家の威信をかけて次々とダムが建設されていた。その死者数は日本の原爆被害死者数に匹敵するが、中国では2005年になるまで極秘に隠されていた。

 この事故は大型ダムである「板橋ダム」、「石漫灘ダム」が日本をそれて北上した台風の豪雨により決壊し、連続して造られていた58基の中小のダムがドミノ倒しとなって崩壊した。ダム決壊の直接の被害だけで数万人、さらに決壊しなかったダムが堰き止めた水によって200万人の人々が水の中に取り残された。真夏の暑い日差しの中、餓死や伝染病により約20万人もの人々が犠牲となった。文字通り、桁違いの「史上最大のダム事故」となっている。  

 そのことを知っていると、今の長江の水害の状態が気にかかる。長江(日本では揚子江と呼んでいる)はひと月ほど前から、例年にない豪雨に見舞われている。


 長江には世界最大の「三峡ダム」があり、その水位はすでに危険な高さになったままだ。この「三峡ダム」は長江の中流にあり、ダムの上流はすでに堆積して積み重なった土砂により洪水を招いている。ダムの貯水量は琵琶湖の1.7倍あり、下流にはコロナで有名になった「武漢」、「南京」「上海」と中国経済の中枢が並んでいる。


 しかもダムへ流れ込む側には人口3000万人の「重慶」があり、「工業排水や生活排水」によるヘドロや有害物質がダムに流れ込んでいる。ダム湖の水はすでに汚れた水になっているのだ。そのダムの水は住民に通知されないまま「緊急放流」されている。これによりダム下流もまた宜昌などの地域の水害被災者が数千万人に上り、さらに避難指示がすでに1600万人に出されている。  


 万が一の際には最下流の1000キロ離れた「上海」があり、さらに原子力発電所へ水害を及ぼすかもしれず、すると福島原発事故の二の舞になるのではないかと心配されている。万が一ダムが決壊したなら、下流域の約4億人に被害が及び、「武漢市」には危険な細菌を扱う研究所まで破壊されかねない。


 そのダム堤は、数年前から歪んでいると指摘されている。これに対し中国政府は、グーグル社の採用する「アルゴリズム」のせいであり、歪んだのはわずかな量だと述べている。しかし今回のダム水位の上昇は未曽有のものであり、もし万が一のことがあれば、下流地域を水没させることも起こり得る。しかも下流に流れ込む洪水はきれいなものではなく、汚染を含んだ汚水なのだ。それが下流1000キロも離れている上海だけでなく、コロナウィルスで有名になった「武漢」にある危険な病原体を取り扱う研究所もある。  


 それでも大丈夫だと言えるのだろうか。最初に紹介した板橋ダムの事故は八月の台風がきっかけとなった。中国の水文学・河川工学者で清華大学水利系教授だった故「黄万里(こう ばんり)氏」は、ダムがあまりに急ピッチで建設され、すでにダム堤に多くのひびがあることなどから「10年と持たないだろう」と述べていた。  


 国家の威信をかけたダムだというのに、ダムを推進してきていたはずの人たちは、竣工式に顔を出していない。建設時すでに、数千か所のひび割れが起きていたからだ。責任を追及されたら困ると考えたのだろう。ダムは1993年に着工、2009年に完成したのだから10年は持った。

 しかしそれから先はどうなるのだろうか。どうも早急に造ったせいで、コンクリートに溜まる熱を十分に冷やすことができていなくて、ひび割れたのではないだろうか。現在の時点で、ダム貯水湖に堆積している土砂は19億トンでと推定されている。大河である長江の水流は、今ならこれらを海まで運ぶ力を持っている。しかし時間が経ってからでは、30年後には土砂の堆積量は40億トンを超え、土砂を海へ流そうとしても堆積して流れなくなって、取り壊すことすらできなくなってしまう。今壊れて3~6億人の人が被災する方がマシとすら思えるほど、どうにもならないものになっていくのだ。  


 ダムに堆積する土砂は流れの穏やかになったところに溜まる。ダム堤から水の溜り始める位置まで500キロある。東京から500キロと言えば京都の手前まで、もしくは東北新幹線なら新花巻駅付近になる。これだけの距離のどこかにある堆積した土砂を取り去ることはほとんど困難だ。しかし壊さなければずっとこのダムからの放水に怯えなければならない。   


 もちろんそれは中国の被害だけでは終わらない。濁流は長江から南に向かう海流に押されて日本海を抜け、日本にすぐに届くだろう。すでに長江に棲んでいた淡水イルカは絶滅したとみられ、これと同じことが海に起こるかもしれない。  


 実際の近代からのダム建設はせいぜい100年程度しか歴史がない。しかもその歴史の中に、すでにたくさんのダム決壊の記録がある。しかも雨量は海洋温度に比例して多くなり、日本でも「百年に一度」という洪水が数年ごとに起きている。


 しかも世界的には常識となっている「ダム誘発地震」の心配もある。深さが100メートルを超えるダム湖の底には11気圧を超える圧力がかかり、それによって断層を滑らせて地震を引き起こしたりすることがある。中国で8万人の犠牲者を出した「四川大地震」もまた、「紫坪鋪(しへいほ)ダム」の誘発地震だったのではないかと疑われている。堤高は堤高156メートルで、三峡ダムは146メートルと同程度で、位置的にも近い。  


 巨大すぎる建造物は建てるべきではない。対処に困るからだ。例えば今ある原発も過去の「負の遺跡」だろう。放射能が半減期を繰り返して安定するまでに果てしない年月の管理が必要だ。三峡ダムもまた、保存も困難な「負の遺跡」となるだろう。  


 これから台風シーズンを迎える。中国の史上最大の板橋ダム事故は八月の台風による豪雨の影響で起きた。世界ではアメリカをはじめダムをやめて解体している。三峡ダムもまた、一日も早く解体すべきだ。未だ「無駄なダム建設」すら止められない日本から言っても説得力はないのだが。


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