2018年12月27日

『「原子力損害賠償支援機構法」の見直しと未来 』

 「原子力損害賠償」とは何なのか。

 その見直しが国会で進んでいるが、その衆参附帯決議では、以下のように決議されている。


・国民負担の最小化を図ること。

・「抜本的見直し」に際しては、原賠法3条の責任の在り方、7条の賠償措置額の在り方等国の責任の在り方を明確にすべく検討し、見直しを行う。

・損害賠償交付金は、原子力事業者が、原子力損害を賠償する目的のためにだけに使われること。


 とされている。

 ところがこの賠償法で想定されている賠償額はわずか1200億円で、2016年12月に国が閣議決定した東電負債見積額でも22兆円(損害賠償費用8兆円、除染・貯蔵等費用6兆円、事故炉処理等費用8兆円)だ。わずか183分の1でしか予定していない。

 足りない分をどうするかというと、「事故前には確保されていなかった分の賠償額の不足金は全需要家の負担」として、負担金を「電気料金及び託送料金から回収する」と決定している。


 その結果が今の事態だ。放射能の汚染度の高いかつて避難を命令された地域でも再び住めるとされて「帰還」可能とされた。ところがその地域は本来の年間1ミリシーベルトまでの被ばく量を大きく超え、年間20ミリシーベルトとそれまでの基準の20倍とされてしまっている。


 原発作業員がそこに入るためには、「まず手袋と靴下を二重三重にして、その上から長靴を履く。着るものは使い捨ての汚染防止服。その上から厚手のカッパを羽織ることもある。呼吸から放射性物質を取り込まないよう、顔には防毒マスクのような形をしたマスクを着ける。さらに放射線量が高い場所では、線源に鉛シートをかぶせて作業員の被曝を抑える」汚染線量なのだ。


 この汚染地には子どもの帰還も前提にされている。しかし帰還させられる地域の放射線量はレントゲン技師などの被ばく規制値を超えており、その場合なら18歳未満の子どもや妊娠可能性のある女性は除かれる。これはとてつもない被ばくを強いることになる。そのため国連人権委員会はこの被ばく線量を1ミリシーベルトまでに規制するよう求めたのだ。


 放射能の影響は一定以上から被害が出るという「しきい値」がなく、一定量を被ばくした集団には一定の確率で被害が出るものと国際的には考えられている。
これを「確率的影響」といい、どの人が被害に遭うかはわからないが、集団では被ばく量が増えると確実にがんなどの疾病の確率を高めていくというものと理解されている。


 さらに現実を見てみると、福島原発事故後わずか6年間で、胃がんなどに統計的に有意な増加が生じてしまっていた。

https://level7online.jp/?p=1744&fbclid=IwAR0FL8Ept7mBrPoMvmooH2JbthYa70zUVjfDZjMm1M3ARnCkeT8pJJqRTO0「全国がん登録」最新データ公表 福島県で胃がんは3年連続で「有意に多発」していた)



 さすがにこの事態に際して国際人権委員会はよしとしなかったのだ。ところが日本政府はいろいろと反論して従わない。それに対して人権委員会はいちいち反論すらせずに勧告を出した。


 こうした被害に対して損害賠償がされない。避難する費用の補償もされなくなったので汚染地に帰還しなければならない。汚染を避けて避難することを賠償しないので、人々は自主避難しなければならない。つまり強制保険すら加入していないクルマに衝突されたので、自分で何とかしなければならないのが日本の法制度なのだ。

 クルマなら運転してはならないが、原発ならできてしまうのだ。それが現状の「原子力賠償賠償支援機構法」の現実なのだ。それが改正されるはずだったのに、現状ではそのままに放置されそうになっている。なぜか。電力会社の利益を守るためだ。人々の「命の値札」はタダのままにして、その機械だけの賠償保険にしようとしている。


 こんな政府しか持てない国民は不幸だ。しかしその国民たちの選択の結果であるとも言うことができるのだ。私は無保険でクルマを走らせるのが禁止されるように、原子力も無保険で運転すべきでないと思う。それは当たり前のことだと。この先の福島原発の処理費はさらに増大する。どれほどの処理費・賠償費が必要になるのかわからない。それを改正するこの機会に、そのままの額に押し留めようとするのが今の政府だ。


 この「改正」の機会を徒過してはいけないだろう。あなたの命の値札はタダのままでいいのか。このまま無保険で暴走させて良いのか。もし「許せない」としてきちんと改正させるなら、原子力は保険も掛けられないほど高いつくものであることが明らかになるだろう。原子力は経済的にも合わないものになる。つまり経済合理的に止めることができるのだ。

 もともと日本で初めて原子力発電所が作られたとき、その保険をイギリスの「ロイズ」保険会社に掛けようとして断られている。地震・津波など天災が多い日本に掛けられるはずがないだろうという理由だった。そこで賠償する額を小さくすることで成り立たせた。そのツケが今ごろになって明らかになったのだ。


 損害保険ですら成り立たないリスクは対処できない。今、地球温暖化によってその被害の賠償に損害保険が成り立たなくなってきているのと同じことだ。


 損害保険すら成り立たないものには隠された賠償されない被害がある。あなたの命の値札がタダでないのならば、賠償されければならない。原子力賠償保険が整備されないことには私たちの命はタダ取りできるものになってしまう。だから正に人権の問題なのだと思う。もう合理的に成り立たない原子力はなくさなければならない。








2018.12.27発行 田中優無料メルマガより