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2020年7月31日

「悲しみの濁流 ~土を失うことの危機~」 

 今年の梅雨はなんだか毎年と違う気がする。「なんだかじとじとするなぁ」というのが例年の梅雨だが、今年は本気豪雨ばかり降らせる。豪雨の確率は過去の5年間より1.5倍も高くなっているそうだ。

 我が家は太陽光発電とバッテリーの暮らしだから、電気が足りるかひやひやする毎日が続く。今朝は早朝にとても強い雨が降った。でも日が上がると太陽が差してきた。あと19%でなくなるという蓄電は午後には満タンにまで持ち直す。これで三日は大丈夫になる。


 そして夕べからの豪雨の様子を近くの小川で確認する。水は濁っているが透明なままだ。





テレビで見るような茶色の川ではない。この辺は8000万年前の噴火の土壌で岩ばかりだ。だから濁りにくい。近所の友人が家庭菜園を始めたが、どこにも「土」がなくて困っている。あの濁流の泥が欲しい。罰当たりな話だがそう思う。

  
 

 罰当たりついでに言うと、中国・長江でもひどい水害が続いている。真茶色だ。あれが何だかわかるだろうか。土壌が流されているのだ。100年で1センチしか作れない土壌が、あれほどの勢いで流れ去っているのだ。  


 土はただの無機質なものではない。そこに微生物や菌類が棲み込んで、有機物と一体化したものが土だ。現在の最新科学では、土壌の豊かさを「含まれる微生物の多様性と量」で測る。
 
 つまり豊かな土とは、大量で多様な微生物と植物が共に暮らす土なのだ。それは有機物と一体化した、「土壌」だ。ところがこの土壌を、文明化した先進国の土は失ってしまった。その有機物は二酸化炭素になって大気に放出される。ほぼ三分の一から半分の土壌の有機分が失われて、その分だけ世界の土はダメになり、二酸化炭素を排出した。  


 温暖化防止には、化石燃料を使わないことと並んで、土作りが欠かせない。ちっとも難しくない。土に生ごみなどの有機物を混ぜ込んでやればいいのだ。ただ有用な微生物が喜ぶようにしてあげるのが良い。栄養の濃すぎる肉や魚は粉々にして、有用な微生物には酸素が好きな「好気性微生物菌」が多いので、水はけを良くしないといけない。その時便利なのが糸状菌と呼ばれるような菌類だ。根のように見える糸状菌が入り込んで、土を細かく砕いていてくれれば大丈夫だ。  


 そして畑は裸地にしてはいけない。常に被覆植物に覆われた状態にして、きつい直射日光からや雨粒からも土を守ってあげないといけない。さらに土の中の微生物たちと植物が作り上げた「菌根圏」を壊してはいけない。



 残しておけば、次の作物がエスカレーターのようにそれを再度利用するからだ。それを考えて、土の表面から15センチ以上は耕さないのが今の流儀だ。「不耕起」と呼ばれるが、耕さないのではない。浅く耕すのだ。  


 その土だが、関東ローム層のように粘土ばかりの土では、微生物たちが暮らせる空間が残らない。そんなとき役立つのが炭だ。炭は炭素の塊だから二酸化炭素にせずに土に炭素を貯め込める。その上多孔質だから、その小さな穴にたくさんの微生物たちが住むことができる。炭はまるで微生物にマンションを与えるようなものだ。それが土を豊かにする。  


 土は有機物と微生物と菌類が作り上げた芸術品なのだ。それが豊かなら微生物たちは作物の根から与えられる糖分や液体化した炭素を栄養として受け取る代わり、根では届かない細かな隙間に入って水分やミネラル分を植物の根に届ける。だから植物が植えられていた土壌の方が、荒れた土地よりはるかに多くの炭素を含んでいる。こんなことを自動的に繰り広げている自然は人間よりずっと賢い。

 愚かな人間たちは「緑の革命」などと言って、「窒素リン酸カリウム」の化学肥料を与え、そして虫を殺虫剤で殺していった。今はさらに進んで、除草剤に耐えられる作物を作って除草剤を撒くのだ。  


 その結果、世界の土壌は瀕死の状態になってしまった。しかし今でも世界の人々を養っている作物の半分以上は小さな農家が栽培している。巨大なアグリビジネスではない。

 アグリビジネスの使う化学肥料は微生物を失業させて土を貧しくし、殺虫剤・除草剤は微生物を根絶やしにした。枯葉剤に耐えられる遺伝子組み換え作物が生みだしたのが、とても厄介な「スーパー雑草」で、従来の除草剤が効かない雑草だ。このせいで遺伝子組み換え作物を実施した途上国の農民は、費用が掛かりすぎて破産するようになった。しかしアグリビジネスはこれを挽回するため、より危険な除草剤を使おうとしている。「ラウンドアップ」に代えて、周囲に飛散しやすい「ジカンバ」、「2-4D(ベトナム戦争で使われた除草剤)」を使おうとしている。  


 これまでの「ラウンドアップ」による「発がん被害」が訴訟になって人々が嫌う中、ついに世界はまともな農産物を求めるようになり、有機農産物へと移行を始めた。ただ一つ日本だけを除いて。 

 
 そう思いながら今の世界を見ると、長江での濁流もまた、貴重な土の膨大な流出だ。あの濁流は何百年分の土壌だろうか。豊かな土地では作物は強くなり、病気もしなければ虫もつかなくなる。そもそも農薬も化学物質も必要ないのだ。そこから採れる作物は健康で植物の化学物質、「フィトケミカル」も多く含む。

 


 私たちはずいぶんと遠回りしてしまった。微生物と植物、そして私たちとの関係を知らなくて、土地を壊すことばかりして、土の炭素を大気中に放出させてしまった。

 土と生命の共生の歴史を見直そう。巨大なアグリビジネスに頼るのではなく、各地の小さな真面目な農家に頼んではどうか。


 そんな中でEUが、「農場から食卓まで戦略」を発表した。農家・企業・消費者・自然環境が一体となり、共に持続可能な食料システムを構築するのだという。実は現状でも全世界の人々の食料の56%は小規模農家の生産が賄っている。巨大アグリビジネスではないのだ、小さな農家は多種多様な産物を作るので、単位面積当たりの生産量ははるかに多い。

 その小さな農家が中心になるなら、食糧問題だけでなく土地の保全や地球温暖化防止にも役立つことになる。国連が今を「家族農業の10年」としているのもそのせいだ。小さな手からの解決こそが、これからの未来を開くのかもしれない。