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2016年5月16日

『5年目の311~いつ日本は「精神論」を脱するのか 』

2016.3.24発行 田中優無料メルマガ より

□◆ 田中 優 より ◇■□■□◆◇◆◇■


『 5年目の311 ~いつ日本は「精神論」を脱するのか 』


 戦時中の人々の話を読む中で絶望したくなることがある。それが『精神論』だ。
 客観的に考えて物量の差で勝ち目がないのに、人々は「神風が吹く」とか「日本は神に守られている国だ」とか、主観的な希望で世界を見ようとしているのだ。
 あげくに「B29爆撃機に竹槍」で挑んだり、「焼夷弾が落ちて来たら素手で運び出せ」と言ったりした。これを大真面目にするのだ。これが戦時中だけのことならまだいい。しかしそうではないように思えてならない。

 最近、ある経営者と話をしていて怒らせてしまった。その人は福島県にお住まいの人で、これから福島県はどうなると思うかと酒の席で聞かれた。放射能の危険性についてずっと考えてきた身としてはいい加減なことは言えない。チェルノブイリの事例に即して今年の終わり頃から多くの被害が出てしまうだろうと話した。
 「じゃ、福島から出て行けというのか」と怒鳴り、静かに「その人次第です」と答えるしかなかった。

 その人は今の暮らしを変えたくないのだろう。その気持ちはわかるが、そのために現実を自分の主観的希望に沿って捻じ曲げてしまっている。今はいいだろうが、希望通りの未来が来るわけではない。相手にしているのは放射性物質という物理法則に従うものなのに、祈れば解決するみたいに考えている。

 こうした反応を見ていると、日本は戦時中の時期から何も変わっていないのではないかと思える。私だけでなく多くの人たちが次第にその話に触れなくなり、まるでタブーのように扱われるようになる。

 しかしどんなに否定しようとそのときは来るのだ。「6年後に起きること」だ。


■6年後に起きること

 チェルノブイリ事故が起きたとき、旧ソ連でも同じことが起こった。問題を過小評価し、今の日本と同様に『ヨウ素と甲状腺がんのつながり』を否定し、他の疾病との関係を『フォビア(恐怖症)にせいだ』として精神の弱さのせいと決めつけた。

 ところが現実に多くの人が病気になり、子どもは生まれないのに人々が亡くなっていくので人口が減少していった。病気の中で最も多かったのは心臓病だ。心臓はセシウムが蓄積するは筋肉の塊で、しかも心臓の細胞の更新は低い。心臓のほとんどの細胞は、生まれたときに持っていた細胞がそのまま使われている。セシウムは筋肉に入り込んで、その場から放射線を放って細胞を傷つけ、あるいは死なせたりする。そのために心臓病が多くなるのだ。

 チェルノブイリ事故後のウクライナ北部では心臓を含む循環器系の疾病率が、実に住民の95%に上った。この大きな原因は食べ物による『内部被ばく』だ。

 外から放射線を浴びるより、体の内側に取り込んでしまうことの方が被害をとて も大きくするからだ。日本はチェルノブイリと比較して食品の汚染度は高くない。
チェルノブイリがポドソル土と呼ばれる風化の進んだ土であるのに対し、日本は火山が新たに生み出した土が多く、一度セシウムを取り込むと外れなくなる粘土分の多い地質だ。おかげで食べ物の汚染レベルはチェルノブイリほど高くはないが、それで安心できるわけではない。

 チェルノブイリでは年間被ばく量5ミリシーベルト以上の場所は強制移住させたが、日本では年間20ミリシーベルトの土地に人々を帰還させている。だからチェルノブイリの疾病の比率は、日本よりずっと汚染の低い地域に住んでいる人たちのものなのだ。しかも本来の被ばく限度は年間1ミリシーベルトまでなのに、後に謝罪・撤回したものの現丸山環境大臣自らが「何の根拠もない」などと発言しているのだ。これがどれほどの被害を生み出すのか、この大臣には考えも及ばないだろう。

 しかも食材によっては大きくセシウムを集めるものもある。シイタケなどのキノコ類、山菜やタケノコ、野生動物の肉、川魚や海の底魚、大豆やソバなどは例外的に高くなる。放射能汚染をむやみに恐れないことは大切だが、それはただ楽観することとは違う。きちんと食べ物を選ばなければならない時代になってしまった。 それが「311後の世界」なのだ。


■原発事故の風化はタブーから

 しかしそうした話に憤って怒る人たちがいる。そのおかげで本当のことが話しにくくなっている。だがそれも「6年目まで」の話だ。その後には具体的な被害が見えてくるからだ。もはや「全然平気だ」とは言えなくなるだろう。

 福島から移住した友人と話していたら、「いや、もう被害は出始めていますよ」と言われた。病院で処方される薬剤の出荷量に変化が出てきているのだそうだ。病院で処方するためには、医師の処方箋が必要だ。その出荷量の中で、切迫流産に対する薬剤の出荷が急激に増えているそうた。その他に増えている薬剤もあるが、名称が専門的で覚えきれなかったという。

 心臓病についてもすでに急増しているという。福島の急性心筋梗塞の死亡率はもともと高かった。全国平均の1.9倍あった。しかし事故後の4年間で、全国平均の2.5倍まで増えている。もちろん全国一の高さだ。「福島では、心臓病の話はもはや珍しいことではなくなった」と話していた。

 断言しておきたい。福島原発事故だけに神風が吹くことはないと。

 3月9日、再稼働したばかりの高浜原発に対して、大津地方裁判所は「住民の生命や財産が脅かされるおそれが高いのに、関西電力は安全性の確保について説明を尽くしていない」として運転の停止を命じる仮処分の決定を出した。運転中の原発に対して停止を求めるのは初めてのことだ。一方福島第一原発事故を起こしたことに対しても、勝俣元東京電力会長ら3人が業務上過失致死傷で強制起訴された。

 しかし疾病を防がなかったことに対しての過失致死は断罪されていない。ヨウ素の降り注いだ地域で多発する甲状腺がんも、今なお放射能の影響とは考えにくいとされている。こうした過小評価が人々の移住を妨げ、死傷者数を増やす。

 こちらの方がずっと多くなるであろうに。風化はタブーから始まっている。
しかし放射性物質は風化しないのだ。



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